≡題名:おかえり≡ ふと気がつくと商店街に居た。 どこからか聞こえる声に従い商店街を東へ歩く。 踏み出す一歩は遅いのに、周りの風景は‘あっ’と言う間に過ぎて行く。 まるで映画を早送りして見ているように。 数秒と立たぬうちに商店街を抜けていた。 横の幅の狭い小路に目をやり、迷い無く進んで行く。 そんな小路を、しばらく進む。 すると、ふいに四畳半ぐらいの広い場所に出る。 そこには井戸と、お稲荷さんが有った。 家に囲まれ暗いはずのこの場所は、 なぜか暖かい光が降り注いでいた。 私は、井戸で水を組み手を洗う。 水は冷たく、口に含めば歩き疲れた体に染み込んで行く。 そしてお稲荷さんに手を合わせる。 お稲荷さんを見る目は、どこかなつかしい。 『お帰り』 どこからか、そんな声が聞こえる。 そして目を閉じる。 遠い昔を思い出すかのように。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ふと気がつけば、そこはいつもと変わらない職場だった。 ラジオからは、いつもの声が聞こえている。 数日後、私は商店街に居た。 東に向かって踏み出す一歩は、あの時と変わらない。 しかし周りの風景は、のんびりと過ぎて行く。 数十分ほどたって、ようやく商店街を歩き抜ける。 私の‘見た’記憶を頼りに、狭い小路を探す。 しかし、どこにも記憶に一致する小路は無かった。 すでに、かなりの時間が経っていた。 あの時は、ここに小路が有り、 奥にはお稲荷さんがいる暖かい場所が有り、 私の帰りを待っていた。 だが私は見つける事が出来ず、商店街を後にする。 自宅にたどり着き、玄関の鍵を開け部屋の明かりを付ける。 水を一口飲み、息を吐く。 それから仏壇に手を合わせ瞳を閉じる。 家族みんなで過ごした‘あの時’を思い出すために。 どこからか声が聞こえたような気がした。 『お帰り』と…